声量の有無、必要性については、なかなか難しい問題です。
ピッチャーに豪速球は必要か、アイススケートにジャンプ力は必要かという問に似てるかもしれませんね。
最低限、キャッチャーまで投げられる力は必要ですし、スケート選手にはある程度のジャンプ力は必要となるでしょう。
よりダイナミックな表現を求めるなら尚更で、全く必要が無いものとは言い切れませんから、どっちかと問われれば、ある程度は必要なものだと言えるでしょう。
例えば、文明の利器が備わっていない時代や環境においてのオペラやゴスペルといった音楽では、ホールの仕組みなどで音響の工夫がされていたりはするものの、歌い手は客席に対して、自らの生声を届ける力、声量が今よりも必要とされました。
生声で客席の後ろまで声が届かないような非力な歌手は、インパクトや説得力にも欠け、評価されなかったことでしょう。
しかし、現代の音楽というものはマイクやアンプを使って、楽器や声などを増幅して客席に届けたり、音源となって聞き手に届けられることがほとんどです。
じゃあ、現代では声量は必要の無いものなのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。
自分の発声器官や身体を上手く活用して声をしっかり ”鳴らす” という技術はボーカルの基礎的なスキルであり、それ以降に付属する更なる応用技術や表現に関与してきます。
音量は演奏のメリハリやグルーヴといったダイナミックな表現にも影響を与えますし、ボーカルの場合、声量はブレイクポイントに大きな影響を及ぼしますから、ピッチや滑舌、声域に関わるだけでなく、狙った声質や色合いをつくるためには声量のコントロールが重要となります。
非力な声でもアンプやマイクに頼ったり、グループでの歌唱やダブリなどの加工をして誤摩化すこともできますが、弱々しい線で書いた文字をなぞったり、コピー機で拡大してみても上手く見えないように、しょぼい声をスピーカーで増幅しても、しょぼい声が大きくなるだけで、魅力的な歌唱や、歌唱力を打ち出すためには、ある程度の声量が必要だと理解できるでしょう。
しかし、実際の歌唱では、「声量がある=歌が上手い人」と、そう単純にはいきません。
その声の質、フォルム(表情)も大切だからです。
例えるならば、本読み(朗読)に似ています。
つねに大きな声で本を読みあげることと、感情の変化をメリハリや抑揚、声色の変化などを加えて表現よく本を読むこととの違いは想像できるでしょう。
本には様々なジャンルや脚本があり、登場人物には様々なキャラクターがあり、それらによっても必要となる声量や演出が違うことも理解できます。
音楽にも様々なジャンルや、作品の指向があります。
一般にポップス色の強いサウンドなら非力なアイドルボーカルでも賄えますが、ヘヴィなサウンドのロックやR&B、ゴスペルなどは迫力のある表現がボーカルに求められるでしょう。
このように歌唱には、声量だけではなく雰囲気や演出も必要なのですが、残念ながら日本人は聴き手も歌い手もオタク気質でロリータ嗜好が強く幼稚な演出効果を好む傾向があります。
歌い込まれ育て上げられてない素人感いっぱいの未熟な声や、自分という本質が無い少女アニメの様な声など、歌唱力が無い子供のようなキャラ声を持った、業界では一般に “ヘタウマ“ と呼ばれる歌手が多いのが特徴です。
各国の音楽チャートを見比べても、実力の無いアイドルグループが列挙する日本の音楽シーンが異質で歌唱力の点で見劣りすることはすぐに分かりますし、これでは、なかなか実力者が育たないのも頷けるでしょう。
少し話が反れましたが、やはり、上手い人は全般に、良く鳴る楽器であることは確かで、脚本に充分な声量とともに、明瞭な発音など魅力的な音質を備え、それを上手くコントロールして様々な表現を生み出します。
しかし、ボーカルはもとより、どんな楽器においても、”鳴らす” という能力や魅力的で質の良いフォルテを作るということは、じつは簡単なことではありません。
この能力の形成には、多くの練習を重ねて発声機能に伴う筋力や運動能力やコントロールが高まることはもちろん、試行錯誤を繰り返してこそコツ(良感覚)も作られます。同じ楽器でも、経験者や上手い人が弾くと鳴りが違いますよね。
また人間的・精神的成長、その楽器のメカニズムの理解なども加わって、自らが ”鳴る楽器” へと完成されていくもので、育て磨かれるものなのです。
まさに、心技体の鍛錬と成長により完成すると言えるでしょう。
無駄な所の力は限りなく排除されながらも、必要な所・必要な瞬間には不足なく十分なパワーが用意充填され、ボーカルの身体は効率的に鳴る躯体となります。
それは、まるで上手い投手のピッチングのように、軽やかな投球フォームから必要な所や瞬間には人一倍のアクションやエネルギーがつくられ、力強いボールとスピード、コントロールが生み出されるかのようです。
ボーカルの場合、鳴りの良い発声器官はもとより、各共鳴部の開発やコントロール力、明瞭な発音やピッチコントロールなどの様々な歌唱感覚を掴み育むためには、日々継続して歌い込むことがなにより大切なのですが、多くの人は、案外、これが出来ません。
豊富な練習量でスキルを積み上げたことのある人ならば、少しのブランクや加齢から生まれる声帯の固さのような感覚や、声帯コントロールの低下や鈍さといった、繊細な歌唱コントロール力の低下まで感じとれるので、ブランクの恐ろしさが痛いほど分かるでしょう。
現在はとくに、コロナ禍の環境で多くの人の練習が減ったり歌唱頻度が乏しくなり、声をつくるための筋力が衰えて、声が痩せています。
今はボーカリストにとって難しい時期ではありますが、時間をかけて積み上げた能力を無駄にしないよう、スキルアップ&キープの工夫をしていきたいところですね。